「日本橋もの繋(つな)ぎプロジェクト」が8月30日、対談イベント「老舗物語」を開催した。
この日は、1912(大正元)年創業の老舗画材店「有便堂(ゆうべんどう)」(中央区日本橋室町1)店主の石川雅敏さんと、1810(文化7)年創業の老舗弁当店「日本橋弁松総本店」(中央区日本橋室町1)8代目店主の樋口純一さんが対談を行った。
同プロジェクトは物々交換で老舗や地元に根付いた店舗の思いや志をつなぐ動画を通じ、日本橋の企業や小売店の商品・サービスの魅力を紹介し、大きな「助け合いの輪」を作ることを目指す町おこし企画。樋口さんと、1849(嘉永2)年創業の「山本海苔店」(同)社長の山本貴大さんが推進役として2021年10月にスタートした。21回目となる今回も日本橋の企業同士を「つなぐ」役目を樋口さんが務め、当日の様子をユーチューブチャンネルで配信する。
画材店「有便堂」は、日本橋室町1丁目地区再開発計画のため7月末に現店舗での営業を終了。2031年に開業予定の新施設に店舗を移す予定だが、その間「有便堂らしさを引き継ぐ木造の店舗」が見つかるまでは電話対応などで無店舗販売を続けるという。
同イベントは、閉店した店舗を開放し、老舗の店内の雰囲気を感じられる環境で行われた。小学生時代、有便堂の前は通学路だったという樋口さんの、ご近所ならではのエピソードや、弁松の常連客が話した「三越に寄った後に大通りを渡り、山本海苔、弁松で弁当を、神茂(かんも)でおでんダネを買い、有便堂でおみやげを買うのがお決まりのルートだったから、これから寂しくなる」との思い出で始まり、その後は石川さんが開店以来の店の歴史を紹介した。
同店のファンだという参加者の一人は、有便堂が日本橋に開店するまでのいきさつや木造の店舗の話、珍しい動物の毛を使った筆の話、鉱物を削って作る顔料に並々ならぬ情熱を注いだ職人の話などの秘話に聞きいっていた。話の折々で、岡倉天心、河合玉堂、平山郁夫、藤田嗣治といった日本画壇の巨匠たちが同店をひいきにして足しげく通ったことを知ると、改めて参加者から閉店を惜しむ声が上がっていた。
参加者の一人で、中央区で街あるき企画などを提供する「中央区文化財サポーター協会」会員の角田和恵さんは「いつもの街歩きでは2時間で3、4軒の老舗を回るが、今回は1軒で2時間をかけて、それもこんなに詳しく話していただきとてもよかった」と話す。同会会員で中央区在住の岸本裕子さんは「専門店ならではの聞いたこともない話がたくさん聞けてとても楽しかった。この周辺のなじみのある店がなくなっていくのは寂しく思う」と話す。
約2時間の語りを終えた石川さんは「7年先がどうなるか今は分からず不安もあるが、熱心に話を聞いてくれる方々がいることがうれしくて、今日はつい話しすぎたかもしれない」と笑顔を見せていた。