中央区立城東小学校の児童が3月21日、佐倉城跡公園(千葉県佐倉市)周辺で開かれた「さくら天下祭」で地元佐倉市の児童とともに「人形山車(にんぎょうだし)」を引いた。
江戸時代に行われた「天下祭」を現代に再現した同イベント。主催のさくら天下祭実行委員会によると、天下祭は江戸城内で将軍の上覧を受けることが許された特別な祭礼で、日枝神社の「山王祭」や神田明神の「神田祭」の際に、日本橋を中心とする町々が豪華な人形山車を引いて江戸城へ向かったことに由来するという。会場には、徳川宗家19代当主の徳川家広さんと旧佐倉藩主堀田家13代当主の堀田正典さんが来場。山車曳行(えいこう)を上覧し、江戸時代の将軍上覧に由来する祭礼の格式を現代に伝えた。
今回えい行した人形山車は、旧日本橋檜物町と旧上槇町(現八重洲1丁目、日本橋3丁目)がかつて所有していた「玉の井龍神能人形山車(たまのいりゅうじんのうにんぎょうだし)」と「石橋能人形山車(いしばしのうにんぎょうだし)」の2基。明治以降に佐倉市新町(肴町、二番町、横町)へ伝わり、地域住民によって保存されてきた物で、修復を経て公開された。
当日は、日本橋から城東小学校の児童と保護者約50人が参加。佐倉城跡の国立歴史民俗博物館を見学した後、佐倉城跡公園自由広場で地元児童とともに引き綱を握り、掛け声を合わせながら高さ7メートルを超える2基の人形山車を引いた。
日本橋と佐倉を結ぶ歴史的なつながりを背景に、江戸の祭礼文化を体験する機会となったこの日、児童たちは山車を引く体験を通して、地域の歴史と文化への理解を深めた。参加児童の一人は「みんなで力を合わせて引くのが楽しかった」と笑顔を見せる。保護者の一人は「日本橋の歴史が佐倉に残っていることを実感できた」と話していた。
八重洲一丁目東町会副会長の富永一さんは「二十数年前に、日本橋の歴史に詳しい友人から江戸時代の檜物町の人形山車が佐倉にあるらしいと聞いて驚いた。以来、佐倉で開催されている『秋の天下祭り』には頻繁に通ってきた。今回、祖先が引いていたかもしれない人形山車を地元日本橋の子どもたちが引く姿を見て感動した」と話す。