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日本橋で旧市街から文化の原点たどるまち歩き 江戸の道から東京を読み解く

60分の街歩きツアー。区割りの説明をする新野さん(左)

60分の街歩きツアー。区割りの説明をする新野さん(左)

 まち歩きツアー企画「日本橋 江戸都市文化の原点を歩く」が5月16日、日本橋エリアで行われた。主催は東京建築祭。

江戸の道から東京を読み解く

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 「東京建築祭2026」のプログラムとして、東京の都市構造を「道」から読み解く同ツアー。参加者はこの日、歴史施設「日本橋歴史アーカイブス」(中央区日本橋本石町4)に集合し、同施設代表理事の新野圭二郎さんから事前ガイダンスを受けた。

 新野さんは床面地図を示しながら、「本町通りと日本橋通りを軸に江戸の街づくりが進められた。今日は江戸東京の始まりの場所へ皆さんをお連れする」と話し、参加者20人と街を歩いた。

 「マンダリンオリエンタル東京」(日本橋本町2)と「COREDO室町テラス」(同)に挟まれた通りで、新野さんは当時の道幅を「ここからここまで」と体を使って説明。参加者は当時の道路の広さに驚いた表情を見せていた。

 新野さんによると、本町通り一帯は、太田道灌の時代から存在した城下町を、徳川幕府が1590(天正18)年の江戸城入城後に拡張・整備したエリアの一つという。「本町通りと日本橋通りが交差する場所で江戸初期の町割りが行われた」と新野さん。「現在は銀座方面へ続く日本橋通り周辺が商業地として知られ、目抜き通りとなっているが、江戸時代は本町が中心だった」とも。

 また、江戸通りについては、「浅草方面へ続く一直線の道路で、日光街道や奥州街道へつながる交通軸」と話す。1700年代には江戸の人口が100万人を超え、当時のパリやロンドンを上回る規模だったことにも触れ、「水道も整備され、化石燃料を使わずに清潔な都市生活を営んでいた記録がある。近年は西洋中心ではない歴史観も見直されている」とも。

 その後、撤去予定の首都高速道路、2027年秋に開業予定の「東京ミッドタウン日本橋」を日本橋越しに見学した。新野さんは日本橋について、「江戸から明治になったが、単に西洋建築様式を取り入れたのではなく、江戸からの連続性を見つけることもできる。都市が移り変わる時、私たちは何を得て何を失ったのか。建築祭のタイミングで考えてみてもいいのかもしれない」と話す。

 参加者からは「最近東京に引っ越してきた。街を知る良いきっかけになった」「とても60分では足りない内容」「建築祭のために初めて東京に来たが、良いツアーに参加できてうれしい」などの声が聞かれた。

 東京建築祭2026は24日まで。

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