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日本橋の復興カフェで「学生語り部」最後の報告会 被災時、中3女子も社会人に

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「南三陸のような地方の子どもたちに、外国の人たちと仲を深める国際交流のプログラムを作りたい」と夢を語る田畑さん

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 日本橋と被災地南三陸町をつなぐ復興支援カフェ「わたす日本橋」(中央区日本橋1、TEL 03-3510-3185)で3月31日、震災を語りつなぐ、南三陸町出身の「学生語り部」田畑祐梨さんの語り部卒業報告会が行われた。

長いようで短かった7年間を振り返る田畑さん(関連画像)

 発災当時、中学3年生だった田畑さんは志津川中学校で卒業式の前日に被災し、実家を津波で流失してそのまま避難所としての母校で5カ月間暮らしたという。復興が一向に進まない中、自分なりにできるとことして被災体験を伝える団体「まずもって、かだっからきいてけさいん」を立ち上げ、「学生語り部」として国内外の学校や団体で4万人以上の人に被災地の現状や思いを話してきたという。

 「震災で大好きな恩師を亡くした。震災の前日に会ったが、それまでの感謝の思いをちゃんと伝えられなかった。『ありがとう』『大好き』はいつでも言えると思っていたが、相手が亡くなってしまってからでは伝えられない。大切な人には気持ちを言葉にして伝えなければ後悔する」と田畑さん。「先生の死や南三陸町が流されたという事実を無駄にしたくないという思いで活動してきた」と話す。

 報告会では、被災当日の話や避難所での共同生活。高校生「語り部」として、被災体験を伝え始めたころ。なぜか「被災者」としての自分を同級生には隠して暮らしていた大学生時代など、長いようで短かった7年間を振り返った。

 「学生という立場だから同じ学生に伝えられることもあるという思いで務めてきたが、『学生語り部』は今日で卒業」と田畑さん。「高校生の就職の相談に乗れるように、世の中の仕事について学びたいという思いで『人材紹介会社』に就職した。一人前になるまで全力で頑張る。将来は、南三陸のような地方の子どもたちに、外国の人たちと仲を深める国際交流のプログラムを作りたい」と期待を膨らませる。

 4月、社会人1年生としてスタートを切った。

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